東北地方太平洋沖地震において
 
お亡くなりなった方々のご冥福と
 
被災された皆様に心からのお見舞いを申し上げます。
 
 


あの巨大地震から2週間が過ぎました。

3月11日午後2時46分、

あの時私は11年前に完成した鉄筋コンクリート8階建ての

某病院の待合室に母と2人でいました。

長い間お世話になった主治医が3月で退職されるので

病院を去られる前に、是非お礼を言いたかったからです。
 



その時、私はイスに座っていました。

病院全体が大きく前に移動したような気がしましたが

何か別のことを考えていたのか

最初それが地震だということは全く気がつきませんでした。

最近は新幹線を乗る機会が多く

新幹線が駅のホームからゆっくりと出ていく動きとリンクして

特別に不思議な感覚ではありませんでした。

でもすぐその後、ゆっくりと後ろに病院が押し戻され

また大きくゆっくりと前に動き、

そしてだんだんそれが小刻みに激しく前後に揺り動くようになった時、

初めて地震だと気がつきました。

頑丈なコンクリートで出来た新しい病院内でも
 
立っていられないほどの揺れで
 
何かが落ちる大きな音やあちこちで悲鳴が飛び交い、

騒然とする中、病院内は停電となりました。

大きなビルが倒壊したNJの地震が頭をよぎり、

思いきって外に出た方がいいのか

それともこのまま中にいた方が安全なのか自問自答しながら

真っ暗闇の中、その後の2度の強い地震に
 
母の肩を抱いてただただ耐えていました。


一体、どれだけ揺れていたのでしょうか。

激しい横揺れと共に、下からつき上がるような振動。

まるで飛行機が胴体着陸をしたような衝撃。
 
立て続けに3度の大きな揺れが起きたので

5分以上は大きく揺れていたような気がします。



しばらくして病院が自家発電に切り替え、

薄暗く照明がついたところで

私は外の様子を知るためと、避難経路を確保するために

母を待合室に残したまま、

止まっているエスカレーターを

一段とばしで急いで下りて玄関に行くと

玄関には怪我をされて病院へ搬送されてくる患者さんが

玄関の外に運ばれて来ました。

あちこちから救急車のサイレンが近づいてきています。

でも病院の自動ドアが開かなくなってしまい

患者さんは中に入れず、中にいる私達もしばらくは

病院の中に閉じ込められてしまいました。

少しして病院内にも通常の電気が通り

食い入るように待合室のテレビ画面を見ている患者さん達をかきわけて

一旦外に出て、家にいる息子や東京にいる主人に電話をかけたのですが

携帯が全く通じませんでした。

災害時には公衆電話が強いと聞いたことがあったので

公衆電話を探して電話してみるものの

やはり全く通じませんでした。

地震後、病院の業務は一切出来なくなり

緊急を伴わない患者さんは皆帰されました。

交通機関もストップしたために病院から徒歩で帰りましたが、

道路は大きく亀裂が走ったり隆起したり陥没してました。

段差のある駐車場では今にも落ちそうな車が宙ぶらりんになっていました。

この地域では震度6でした。

半倒壊したビルや、

ガラスが落ちて道路にこなごなにちらばっているマンションの横を通り

家に残して来た息子とネコと人形達を心配し

はやる気持ちを抑えつつも、足早で家路に着きました。



家に帰ると、息子がおびえるネコを抱いて

駐車場の車の中に避難していました。

地震の大きな揺れで車が動いてしまって

駐車場の壁をこすってしまいそうだったので

あわてて車を塀から遠ざけたとか。



深呼吸して勇気を出して家の中に入ってみると、

そこはもう足の踏み場もない状態。

棚という棚からありとあらゆる物が落ち

カップボードに飾っておいてあったお気に入りの食器も粉々に割れていました。

せっかく苦労して作ったドールハウスも

原型をとどめないほど壊れていました。




2階のお人形部屋も凄いことになっていて

家具が倒れ、ドアすら開かない状態。

塞がった家具をバールで壊してようやく中に入ると

スタンドできちんと立てておいたお人形のほとんどは

なぎ倒されていました。

そんな中、ひとつの奇蹟が起きていました。

高さ1メートルほどのライティングデスクの上に飾っておいていた

Betsyちゃんが30人ほど並べられるほどのガラスケースが

2メートルほど斜め前に落ちていたのですが

四面をガラスで作られたものだったにもかかわらず

どこも割れることなく無事でした。



そのガラスケースの下には、

アネッテドールのおしんちゃんとタミちゃんがいました。

かなりの重さのガラスケースでしたが

奉公人のこの2人が支えていたように見えました。

慌てて、2人を抱き起こし怪我はないか調べたのですが

幸運にもどこにも怪我も傷もなく

ガラスケースの中のBetsyちゃん達も、

倒れて重なり合ってぐちゃぐちゃになりながらもみんな無事でした。

おしんちゃん達が身体を張って他の子達を助けたように思えました。




別の部屋では割れてしまったり骨折してしまったお人形もいましたが

なんとか修復できそうです。



地震でしばらく連絡がつかず安否を心配していた宮城のお友達から

無事だというメールをいただいたり

同じく安否確認が取れなかった福島の知人も

googleの
Person Finderのおかげで 無事本人から連絡が入りました。





地震のニュースを見て

私の安否を心配していち早くメールをくださった皆様、

どうもありがとうございました。
 
そして、懐中電灯に使う単1電池を買うために

地元を走り回って調達してくれたお友達

本当にどうもありがとうございました。

この場を借りてお礼を申し上げますとともに

被災された方々の1日でも早い復興をお祈りしています。


rikarinn


vino4