2013年11月11日の大阪公演を皮切りに
 
福岡、東京と3都市を巡って開催されていた
 
ポールマッカートニーのOut There Japan Tourが
 
11月21日、いよいよ東京ドームの公演でファイナルを迎えました。

1990年のGet Back Tour in Japanの時は一人で....

1993年のThe New World Tour の時は主人と一緒に....

2002年のDriving Japan Tour の時は主人と中学生になった息子と一緒に....

そしてその息子もポールと同じベースを弾くようになって

今回も主人と息子と一緒に行きました。

中学生の頃に出会ってから、私の人生はいつもビートルズと一緒。

お気に入りのジョージのサインを何度も何度も紙に書いて真似していたら

いつものくせで英語の中間試験の記名欄に

George Harrisonってサインをしちゃって

後で先生にこっぴどく叱られたり......


4人のヘアースタイルに憧れて、

腰まであった長い髪をばっさり切ってマッシュルームカットにしたのに

男の子たちからはヘルメットかぶってるみたいだって冷やかされたり.....


ヤァ!ヤァ!ヤァ!のリバイバル映画上映の時は

学校の夏期講習をこっそり抜け出して観に行ったり.....


卒業アルバムの将来の夢という欄には

いつかビートルズと共演することと書いた私。


その夢は実現することはなかったけれど

いつも、どんな時でも心の中にはビートルズがいました。


JPG


前回の2002年の公演の時はこれで見納めかなと思っていたけれど
 
またポールのナマ演奏が聴けるなんて思っても見なかった......
 


今回、最終日の東京公演に行ってきたので

その様子を忘れないうちにレポートしたいと書き綴っていますが

あの素晴らしい夜のことを思い出すと興奮してボルテージが上がってしまい

なかなか自分を押さえることができません。

実際、今このレポートを38度の高熱の中、

休み休みしながら書いてます。

さて、あの夜の興奮と熱狂を上手く伝えることができるでしょうか。

9088b824



2013年ポールマッカートニー Out There Japan Tour

東京公演 2013年11月21日(最終日)





P1040463


当日のセットアップ

Eight Days a Week
Save Us
All My Loving
Listen to What the Man Said 
Let Me Roll It 
Paperback Writer
My Valentine
Nineteen Hundred and Eighty-Five
The Long and Winding Road
Maybe I'm Amazed
I've Just Seen a Face 
We Can Work It Out
Another Day
And I Love Her
Blackbird
Here Today
New
Queenie Eye 
Lady Madonna
All Together Now
Lovely Rita
Everybody Out There
Eleanor Rigby
Being for the Benefit of Mr. Kite!
Something
Ob-La-Di, Ob-La-Da
Band on the Run
Back in the U.S.S.R.
Let It Be
Live and Let Die
Hey Jude

1回目のアンコール
Day Tripper
Hi, Hi, Hi

2回目のアンコール
 
Yesterday
Helter Skelter
Golden Slumbers 〜Carry That Weight 〜 The End


9088b824


JPG


ドーム周辺ではポールマッカートニーアウトゼアジャパンツアーの

宣伝用トラックが行き交う中、

サウンドチェックが長引いたせいか少々遅れての開場、開演となりました。

前回の最終日、会場でプログラムが売り切れになってしまったので

今回は早めに会場入りして早々とプログラムをゲット。

公式グッズ売り場は長蛇の列。

並ぶつもりでいましたが同行していた家族からのブーイングであきらめて

早めの夕食をとり、開演を今か今かと待ちました。 

ファンクラブの先行販売でアリーナ席を確保でき、

前回の時のアリーナ席よりも前方だったので

始まる前はやや期待していたのですが、

観客が総立ちになってしまうと背の低い私は

全然ステージが見えなくて大型スクリーンでしか見えない......(><)

それでも私のまわりの観客は年配者が多くて

疲れたのか後半になってくるとビートルズ以外の曲は

着席するようになったので(笑)

なんとかポールの姿を目視することができました。

今回のバンドメンバーも前回の来日ツアーのメンバーと同じ。

ポールはライブでもほぼレコードと同じようなアレンジで演奏してくれるので

安心して聴いていられます。



以下個人的なひとりごとです。

9088b824


1385073251355
 
えんじ色のジャケットに黒のズボン姿。

見慣れたカールへフナーのバイオリンベースを手にし、

1965年ビートルズの『For Sale』のアルバムより大ヒットした

Eight Days a Weekでスタートしたステージ。

往年のビートルズのヒット曲に手拍子を取り歓声があがる。

でも、私のブースの周りの観客、

にわかフアンが多かったのだろうか.......

1ビートごとに手拍子を取らないで欲しい。

あの曲はアフタービートで、しかも

Hold meのところで、チャ・チャ!

Love meでチャ・チャ!と合いの手のクラップが入るのに

おかまいなく1ビートごとに手拍子に閉口。

あまりのダサいノリにいてもたってもいられなくて

せめて私だけでも.....と頭の上で大きなジェスチャーで周りの人を誘導したら

2コーラスめには私に合せてくれた(><)

もともとこの曲はリンゴが『1週間に8日も仕事だなんて..』と言ったことがきっかけで

書いた曲だそうだが、

この1週間に○日というフレーズは中学の頃、

英作文のテストでお馴染みのフレーズだ。



続いて、新しいアルバムから

『NEW』よりノリのいいSave Us(2013年)。

『タダイマ』と日本語で話すポールに

『お帰り!』と観客が応える。

会場に入場の際の持ち物検査の時に

係員からスマホでの撮影は フラッシュをたかなければOKと

言われてビックリ!

思わず2度聴きしてしまった。

そういえば以前TVでポールの外国でのコンサート風景が流れた時

観客がその様子をデジカメで撮影していた場面を目にしたことがあったので

お国柄によって規制も違うんだなって思っていたけれど

まさか日本でも撮影許可を出すなんてさすがポールだ。

でも携帯でカメラなんてあまり撮ったことがなかったので

撮り方がわからず四苦八苦......

さらに、音楽のビートに合せて踊りながらシャッターを押すなんて

到底無理。

何度か静止してシャッターを切ったが、身体が勝手に音楽に反応してしまって

焦点が定まらない......


DSC_0109



ビートルズ時代の曲やウィングス時代の曲、そしてソロになってからの曲...と

その都度ギターを変えながら

片言の日本語でユーモラスに曲を紹介するポール。

最終日とあって、出だしの何曲かは少し声が荒れているようにも思えたが

後半になって声もスムーズに、よりパワウルになってきたように感じる。



続いて3曲めはビートルズのアルバム『WithThe Beatles』より

All My Loving(1964年)

「コンバンワ ニホンゴ  ガンバリマス

デモ エイゴノホウガ トクイデス」と

茶目っ気たっぷりのポール。


リズムギターの3連符にポールのランニングベースが心地よい。

ポールの隣にはジョージ、その向こう側にはジョンの姿を思い浮かべて

ジョージのコーラスのパートを一緒に口ずさんだ。



4曲目はウィングス時代のアルバム『Venus&Mars』より大ヒットした

Listen to What the Man Said(1975年)

邦題の「あの娘におせっかい」という粋なタイトルは

誰がつけたのだろうか。

この曲がヒットした当時はリアルタイムでポールの活躍を知っているので

感慨深いものがあった。
 
東京公演2日目はここで JETを演奏したそうだ。

 JETを聴けなかったのは残念だったけれど

前回の公演の時には十分堪能できたし

Listen to What the Man Saidも大好きな曲だったので

これはこれで良かったかな。(ちょっと負け惜しみに聞こえるけれど....)


前回の公演よりもだいぶ日本語のボキャブリーが増えて(カンペを見てたけど)

また、日本語のつっこみどころや間の取り方も勉強したポール。

4曲目が終ると、着ていたえんじ色のジャケットを脱いで

観客に向かってジャケットの派手な裏地(青地に模様入り)を

闘牛士のようなジェスチャーでおどけてながら見せていた。



5曲目は派手なギブソンのレスポールギターに持ち替えて
 
ウィングス時代の『Band on the run』よりLet Me Roll It(1973年)

ブルース調の渋い曲でジミーヘンドリックスに捧ぐと言って演奏していた。

若い頃はこのシンプルで渋すぎるこの曲調が苦手で

この曲だけレコードを飛ばして聴いていたが(><)

ベースラインとツィンギターとドラムの絡みがクセになって

今ではポールの曲の中でも大好きな曲のひとつだ。

このLet me Roll it の文型は

Let +O+動詞の原形で、Oに~させるという文型。

英語の勉強時に良くお世話になった。

そもそもビートルズの曲を全部暗記して歌えたら

特別な英語の勉強なんて必要ない。
 
英作文などは歌詞の一部を取り替えただけで

ジグゾーパズルを組み立てているようなゲーム感覚で簡単に作ることができるのだから。



6曲目はビートルズの1966年のヒット曲Paperback Writer(1966年)

ギターをエピフォンカジノに持ち替えての演奏。

初めての日本公演の時に新曲だと紹介されて演奏した曲だ。

イントロの歌い出しのPaperback Writer〜Writer〜Writer〜のハーモニーで

思わず、ジョンとジョージを思い出し

ジョンのコーラスパートをハモりながらポールと一緒に歌った。 

 
DSC_0111
 

 7曲目はピアノの前に座り

2012年のアルバム『Kisses On The Bottom』よりMy Valentineを演奏。

新妻のナンシー・シェベルに捧げた曲と言われている。

静まり返った会場に美しいメロディーが心に響く。

挙式は2011年の10月9日。ジョンの誕生日。

どんな想いを巡らしてその日を挙式に選んだのだろうか。




8曲目はNineteen Hundred and Eighty-Five

1973年ウィングス時代のアルバム『Band On The Run』から。

小刻みでリズミカルなピアノプレイが心地よい。



そしてピアノに座ったまま9曲目は

ビートルズのアルバム「Let It BE」より

The Long and Winding Road(1970年)

ライブでこの曲のオーケストラパートを再現できるなんて

楽器(特にキーボード)の進化には驚かされる。

この曲が出来た当時はオーケーストラではなくもっとシンプルなアレンジでと

激しく主張したポール。

結局はポールの意見は通らなくて

他の3人のメンバーと対立し、解散の原因のひとつとなった曲だと言われている。

でもライブではシンセを駆使して

アルバムと同じような

フィルスペクターバージョンで演奏してくれていて

私が言うのも何なのだが、ポールも大人になったなって思った。




続いて10曲目は『リンダ ノ タメ 二 カキマシタ』と紹介した

アルバム『MacCartney』よりMaybe I'm Amazed(1970年)

『カ・キ・マ・シ・タ』と2度強調して言ってた。

ビートルズの崩壊の危機に直面し

孤独になっていたポールを陰で支えてくれたリンダへの思いが綴られている曲で

リンダが亡くなった今でも、例え再婚しても

まだポールの心の中にはリンダが生きていて支えているんだなって

しみじみ感じた。



11曲目はマーチンのアコギに持ち替えて

ビートルズのアルバム「4人はアイドル」よりI've Just Seen a Face(1965年)

当時、ビートルズにしては珍しいカントリーフォーク調の曲で

アコースティックギターの音色が美しいシンプルな曲だ。

19日の東京公演ではこの曲に代わってThings We Said Todayが演奏された模様。



12曲目はWe Can Work It Out(1965年)

この曲はシングルカットされた曲でビートルズ初の両面A面として話題になった。

ちなみに片面はDay Tripper.

途中でリズムが3拍子になるところがあるのだが

私の周りの観客はかまわず2拍子でクラップし続けてイラっとした。(><)



13曲目はギブソンの12弦アコースティックギターに持ち替えて

1971年にシングルカットされたAnother Day(1971年)



14曲目にはマーチンのアコースティックギターに持ち替えて

ビートルズのアルバム「A Hard Day's Night」よりAnd I Love Her(1964年)

アコースティックギターの醸し出す美しいアルペジオと

ポールの甘い声に酔いしれた。




15曲目はビートルズ「White Album」より

大好きな曲、Black Bird(1968年)

バックスクリーンには1本の大きな木を照らす月が

幻想的に照らされているシーンが映し出されていた。




そして16曲目にはジョンに捧げた曲Here Today

1982年のアルバム「Tug Of War」からの1曲

次の曲はジョンのためです。ジョンに拍手を!と曲を紹介。

ジョンが亡くなって2年経ってからようやく

気持ちが整理できたのだろうか。

And if I say I really knew you well, 

What would your answer be? 

If you were here today. 

Uh, uh, uh, here today. 


もしボクが君のことを良く知ってるって言ったら

君は何て答えるだろう

もし今 君がここにいたなら

今ここに.....


ポールの気持ちがせつなくて涙が止まらなかった。



17曲目はダッドリー・エドワーズがペイントした

サイケデリックなマジックピアノの前に座って

最新アルバム「NEW」よりNEW(2013年)

ビートルズ時代のGot to Get You Into My Lifeを彷彿するようなメロディーとビートが

とても心地よく心に響く

このあたりからビートルズ時代の曲しか興味のない中高年の輩は

あからさまに着席。

この曲の歌詞の意味を知っているなら

そんな着席などできるはずもないのにね.....



続いて18曲目も同じく最新アルバム「NEW」よりQueenie Eye(2013年)

この曲、とってもノリが良すぎて

歌詞をリズムカルにメロディーに乗せて歌うのが結構難しい。

でもちゃんと予習してきたからポールと一緒に歌えた。

後半から観客もOUTのところで少し遠慮気味ながら

一緒にシャウトできるようになってきた。

日本人ってやっぱり控えめ?

せっかくコンサートに来たんだから楽しもうよ。

外国のコンサートだったら観客も一体化して

もっと盛り上がれるのになぁ......

 

19曲目はLady Madonna(1968年)

聞き慣れた曲がようやく登場とあって、座っていた中高年の観客も

ティーンエイジャーに戻ってノリノリだ。

ポールのボーカルに合せて

ジョージのコーラスパートを歌った。



ここでマーチンのアコギに持ち替えて

次の曲は「Yellow Submrine」からとポール。

何の曲をやってくれるのかなと思っていると

20曲目はAll Togethrer Now(1968年)

大型スクリーンには曲にあわせて可愛らしい謎の物体が飛び跳ねている。

私もそれに合せて飛び跳ねた。

(飛び跳ねなければポールが見えなかった)

まさにエンターテインメントの曲らしいAll Togethrer Nowの演出だった。




21曲目にはギブソンの12弦に持ち替えて『Sgt.Pepper's....』からとポール。

前回の公演の時はShe's Leaving Homeを演奏したが

今回はLovely Rita(1967年)

この曲はポールは駐車違反で捕まった時に

その切符を切った婦人警官の名前がRitaだったことから作られた曲。

私の名前はRikaなので

中学の頃、よくこの曲をLovely Rikaと歌っていた思い出深い曲だ。

Lovely Ritaはエンディング部分にふざけたジョンの掛け声が収録されているが

ライブでもちゃんと再現されていた。

こういうところはビートルズファンにとってはとても嬉しいことだ。



22曲目はEverybody Out There(2013年)

最新アルバム「NEW」からの1曲。

一緒にHEY!とOh  Oh  Oh Ohをシャウトした。 

DSC_0119

23曲目はビートルズのアルバム「Revolver」よりEleanor Rigby(1965年)

ポールはマーチンのアコギに持ち替えて歌う。

ウィックスのキーボードに鳥肌。

まさにキーボードの魔術師だ。



コンサートもいよいよ大詰め

次の曲(24曲目)も『Sgt.Pepper's....』からなんと

Being for the Benefit Of Mr. Kite!(1967年)

ポールはカールへフナーに持ち変える。

Sgt.Pepper'sのアルバムの中でもこの曲は特に

テープを逆回転させてみたり、カットしてみたり...と

サーカス団が醸し出す怪し気な雰囲気を

いろいろ試行錯誤しながら作った特殊な音響効果が

ふんだんに使われている曲なので

まさか生ライブでこの曲が聴けるなんて感激もひとしおだ。

あんなに苦労して作った音源も

数台のシンセで見事に再現できるほど

昨今のシンセサイザーの進歩は目覚ましいものがある。

ドームの天井には赤や緑のレーザー光線で幾何学的な模様が映し出されていた。



25曲目になると、ウクレレを手にするポール。

このウクレレはジョージからもらったギブソンテナー。

ジョージへのトリビュートとして
Something(1969年)

を演奏するときは

いつもこの楽器を使うポール。

大型スクリーンには、ポールとジョージの珍しい2ショット写真が映し出されたが

涙でかすんでスクリーンがよく見えない..............

前回の時、ポールはウクレレ1本でさりげなく演奏していたが

今回は途中からベース、ギター、ドラム、キーボードもかぶさってきて

レコードの雰囲気を再現していた。

間奏のラスティーアンダーソンのリードギターを聴きながら

これがジョージだったらなぁ....ってつい思ってしまった。ごめんなさい。

でもラスティーというギタリストはちゃんと自分の与えられた役目を知っている。

たぶんジョージよりももっと上手く弾けるに違いないが

出しゃばらず、控えめで、ここぞという時に本領を発揮する。

きっといい人に違いない。



会場がしんみりとした中で、ポールがへフナーベースに持ち替えて

一緒に歌おうよと言って演奏した曲が

26曲目、「WhiteAlbum」より
Ob-La-Di, Ob-La-Da(1968年)

会場が一体となってOb-La-Di, Ob-La-Daとコーラスをした。




27曲目はウィングス時代の
Band on the Run(1973年)

あの時一緒にプレイしたジミーマックロウがもういないのは淋しい。



28曲目はキーンという飛行機の轟音と共に始まった

1968年の「White Album」からの曲
Back in the U.S.S.R.

ohh~ohh ohh ohh~と口ずさんだ


29曲目 おもむろにピアノの前にすわって聞き慣れたイントロを弾き始める。

Let It Be(1970年)だ。

映画Let It Beのシーンを思い出す。

何十回も、何百回聴いてもこの曲は聴くごとに深い感銘を与えてくれる。

大型スクリーンには幾千もの光の灯籠のようなものが空に上って行く様子が

映し出される。

ポールの前から姿を消してしまった3人の盟友への祈りのようなものを感じた。



30曲目はお待ちかね

1973年にシングルカットされた
Live and Let Die

映画”007死ぬのは奴らだ”のテーマ曲だ。

個人的に映画俳優ばりのポールのこのシングルジャケットがお気に入り。

大掛かりな爆発シーンは何度見てもすかっとする。

最後にはお決まりのラスティーアンダーソンが銃弾に倒れるシーンで終る。

あまりの火薬のすごさに、ポールが両耳をふさいで、片言の日本語で

『スゴイネ~ ダイジョウブ?』

『ミミ ガ ナニ モ キコエナクナッタ』と連発。笑いを誘う。



31曲目はマジックピアノの前にすわって

1968年にシングルカットされた、ラストの曲
Hey Jude

Nah Nah Nah ~のコーラスのところは前回よりも流暢な日本語で

『ダンセイダケ~』

『ツギハ ジョセイダケ~』と観客を仕切って

最後には大合唱となって幕を閉じた。


 
バンドメンバー5人と手をつなぎ万歳し

一旦は舞台袖に退くも

へフナーベースを持ってアンコールに再び登場。

まず、ビートルズの東京公演の時にも演奏した
Day Tripper(1965年)



2曲目にウィングス時代にシングルカットされた
Hi Hi Hi(1972年)

大型スクリーンにラスティのギター姿が映し出されると

やっぱりジミーマックロウが恋しくてたまらない。


そして3曲目には
Get Back(1969年)が演奏された。

寒空の下、アップルの屋上の演奏シーンを思い出した。



東京公演2日目はここでI Saw her standing thereが演奏された模様。

I Saw +O+同名詞ingの文型もよく英語のテストでお世話になった。


また一旦舞台袖に引っ込むもエピフォンのアコギを持って、

『モット キキタイ?』と再々登場。




2度目のアンコールは1965年のアルバム『4人はアイドル』より
Yesterdayで始まった。

最終日のサプライズとして、事前に観客に赤のサイリウムが配られ

Yesterdayの曲の演奏中にみんなでサイリウムを掲げようという企画が用意されていた。

アンコールに舞台袖からかけ上ってきたポール。

会場が赤のライト一色に染まるのを見て

一瞬立ち止まってびっくりしたような表情を見せていた。

この曲は長い間、自分の元から去っていってしまった彼女を想う曲だと考えられていたが

後のインタビューで、この曲は14歳の時に乳がんで亡くなった母親への想いを

綴った曲だと気がついたと言っていた。






そして続いては1968年の「White Album 」よりHelter Skelter

最初白っぽいカールへフナーを裏側にして持っていたので

あれ?あの楽器は?と思ったら

なんとユニオンジャックでペイントされた特別仕様のカールへフナー。

去年のエリザベス女王の

即位50周年コンサート『Jubilee Concert 』の時に使われたものだ。

もう観客は興奮の坩堝と化している。

この曲はヘビメタの走りだと言われているが

レコードの最後の方でリンゴが"I've got blisters on my fingers."と叫んでいるけど

(ドラムが激しすぎて手に火ぶくれが出来ちゃった!)

体格の良いエイブならそんな心配はいらなそうだ。




そしてピアノの前に座るポールがGolden Slumbersのイントロを弾き始めると

あ〜....と会場からはいよいよこれが本当のラストなんだなとため息と納得の声が聞こえる。

なぜならばこの曲は
The Endに繋がっているのだから....

ポールの歌声を1フレーズも聴き逃さないように

一言、一言をかみしめながら聴き入る。

2度目のアンコール3曲目 (トータル37曲目)は

Golden Slumbers〜Carry That Weight~The End(1969年)

ジョン&ポール&ジョージ&リンゴのソロの見せ所も

ブライアン&ラスティのギター&ポールのベースの掛け合わせとエイブの力強いドラムで

見事に再現されていた。


1385073238537


そして日本の国旗とイギリスの国旗を掲げながら

「アリガトウ トウキョウ マタアイマショウ ゲンキデネ」

「See you next time 」と

グリーンと赤の紙吹雪の嵐の舞う中

言って手を降りながらステージから去って行ったポール。


前回のライブの最終日には

観客の何人かをステージに上げ、

へフナーを渡して一緒にCan't Buy  Me Loveを演奏していた。

今年もまたそんなチャンスがあるかも知れないと

人知れずベースを練習していたけれど

今回は残念ながらそういうサプライズはなかったが

私はライブが終ってもしばらく放心状態だった。



今年71歳の誕生日を迎えたポールだが

10日間、3都市、全6公演の日本ツアーをパワフルにやり遂げた。

もしかしたらこの次のステージの実現も夢ではないかも知れない。